「結婚式をしたくない」のではなく、「あの結婚式」がしたくなかっただけ。

jul 20, 2026 / Column

先日、Xでこんな投稿が大きな反響を集めていました。

「自分が主役になってみんなに見られるのが苦手。」
「誓いのキスも、プロフィールムービーも、親への手紙も、自分がやると思うと恥ずかしい。」
「友達の結婚式は感動する。でも、自分ではやりたくない。」

「だから、何もないやつをやった!よかった!」と。

何万人もの人が共感し、「え、そういうのやっていいの?」という声が溢れていました。

私は、この投稿を見て、とても興味深く感じました。

なぜなら、そこに書かれていたのは「結婚式が嫌い」という話ではなかったからです。

嫌だったのは、「結婚式」という文化ではなく、決められた形を自分が演じることだったのです。

 

結婚式の仕事をしていると、

「ケーキ入刀は絶対ですか?」
「プロフィールムービー作らなきゃダメですか?」
「手紙は読まないと変ですか?」

そんな質問を、本当によくいただきます。

私の答えは、いつも同じです。

「やらなくて大丈夫ですよ。」

結婚式には、「絶対にやらなければならない演出」はありません。

あるのは、「誰かが昔始めて、それが当たり前になった演出」がたくさんあるだけです。

 

私は昔から、「結婚式はイベントではなく、人生の儀式」だと考えています。

だからこそ、キスをしなくてもいい。ブーケトスをしなくてもいい。

プロフィールムービーがなくてもいい。親への手紙を読まなくてもいい。

それでも、大切な人へ感謝を伝える方法はいくらでもあります。

 

実際、私たちがプロデュースする結婚式では、

「これだけはやりたい。」その一つを、一緒に探します。

逆に、「これはやりたくない。」

その気持ちも、とても大切にしています。

やりたくないことを無理に並べても、それは幸せな時間にはなりません。

 

以前、ある新郎新婦がこんなことを話してくれました。

「最初は結婚式なんてやりたくなかったんです。」

でも結婚式が終わった後、お二人は笑いながらこう続けました。

「私たちが嫌だったのは、結婚式じゃありませんでした。

今まで参列した結婚式の見た目でした。」

私は、この言葉が忘れられません。

 

時代は確実に変わっています。

豪華さより、自分たちらしさ。

派手さより、納得感。

「みんながやるから」ではなく、「私たちは何を伝えたいのか。」

そして、「誰に、何を伝えなければいけないのか。」

そんな問いから始まる結婚式が、これからもっと増えていく気がしています。

 

私は、結婚式をやらない人が増えた。結婚式離れが進んでいる。

と、ずっとそう考えていました。

結婚式をしたくない人が増えたのではありません。

「自分らしくない結婚式」をしたくない人が増えただけです。

その違いに、これからの結婚式の未来があるのではないでしょうか。

 

結婚式は、足すものではなく、削るものなのかもしれません。

削った最後に残るものこそ、本当に伝えたかった「ありがとう」なのだと、私は思っています。