主役になりたくない人へ。結婚式は、目立つためのものではありません。
may 17, 2026 / Column
結婚式をしない選択をする方が増えています。
最近では、入籍した方のうち、約半数が結婚式をしないとも言われています。理由はさまざまです。
お金がかかりすぎるから。
準備が大変そうだから。
人前に立つのが苦手だから。
大げさな演出をしたくないから。
自分たちが「主役」になる感じが、どうしても恥ずかしいから。
その気持ちは、とても自然なものだと思います。
長く結婚式の現場に立っていると、「結婚式はしたくない」と言う方の多くが、本当は結婚式そのものを嫌っているわけではないように感じます。
嫌なのは、プロジェクションマッピングや大きな音楽とともに扉が開き、スポットライトを浴びて、時にはダンスをしながら入場するような、みんなの視線を一身に集めるあの「主役感」なのではないでしょうか。
もちろん、華やかな結婚式が好きな方もいます。
それはそれで素敵なことです。
私のプロデュースする結婚式で、もしそういう演出を希望されたら、もちろんお応えしたいと思いますし、もしかしたら一緒に隅っこで踊っているかもしれません(笑)
でも、結婚式は本来、必ずしも派手である必要はないと思っています。
大げさな演出をしなければならないものでもありません。
高額な費用をかけなければ成立しないものでもありません。
本来の結婚式は、着飾った自分たちを見せるためだけの場ではなく、
これまで支えてくれた人たちに感謝を伝え、
これから共に生きていく相手を、
大切な人たちに紹介するための時間です。
「私たちは、これから夫婦として歩んでいきます」
そのことを、家族に、親族に、友人に、職場の仲間に、静かに、きちんと伝える。
それだけでも、結婚式には十分な意味があります。
そしてもうひとつ。。結婚式には大切な役割があります。
それは、親にとっての節目になるということです。
結婚式は、ふたりが感謝を伝える場所です。
けれど、ふたりだけのものではありません。
親にとっても、我が子の人生の大きな区切りに立ち会う日です。
我が子が生まれた日。
小さな手を引いて歩いた日。
心配した日。
ぶつかった日。
何も言えずに見守るしかなかった日。
そのすべてが、結婚式の日にふっと重なることがあります。
だから親は泣くのだと思います。
嬉しいからだけではありません。
寂しいからだけでもありません。
「ああ、この子は本当に、自分の人生を歩いていくのだ」
そう受け取る日でもあるからです。
最近は、「自分たちはやるつもりがなかったけれど、親がどうしてもと言うので」
というご相談も増えています。
その言葉の奥には、若いふたりの戸惑いもあると思います。
なぜ、そこまで親が望むのか。
なぜ、写真だけでは満たされないのか。
でも、結婚式当日になると、その理由が少し見えることがあります。
普段は口数の少ない父が、目を赤くしている。
素直になれなかった母が、静かに涙を拭いている。
祖父母が、孫の姿を見て、何度も何度も涙ぐみ笑顔で頷いている。
それは、写真だけでは生まれにくい感情であり、時間です。
家庭内が決して円満とは言えなかったご家族でも、
結婚式をきっかけに、少し距離が近づくことがあります。
何かが劇的に解決するわけではありません。
長年のわだかまりが、一日ですべて消えるわけでもありません。
それでも、
同じ場所に集まり、
同じ時間を過ごし、
同じ人を見つめ、
同じ節目に立ち会う。
それだけで、人の心が少しほどける瞬間があります。
結婚式には、そういう力があります。
だからこそ、
「結婚式をするか、しないか」を考えるとき、
費用や演出のことだけで判断してほしくないのです。
派手な入場をしなくてもいい。
スポットライトを浴びなくてもいい。
ケーキ入刀をしなくてもいい。
スピーチも余興もなくてもいい。
高額な装飾をしなくてもいい。
親族だけの食事会でもいい。
少人数でも、大人数でもいい。
結婚式は、「全部やる」か「何もしない」かの二択ではありません。
大きな式場で盛大に行うことだけが、結婚式ではありません。
誰かの真似をする必要もありません。流行の演出を取り入れる必要もありません。
むしろ今の時代に必要なのは、
「何をやるか」よりも、「何のためにやるか」を考えることだと思います。
主役になりたくない。
目立ちたくない。
大げさなことはしたくない。
それなら、
目立つための結婚式ではなく、
感謝を伝えるための結婚式にすればいい。
見せるための結婚式ではなく、
心を届けるための結婚式にすればいい。
高額な演出を重ねるのではなく、
本当に必要なものだけを残せばいい。
結婚式をしない選択も、もちろんひとつの選択です。
けれど、もしその理由が、
「今ある結婚式のイメージが、自分たちには合わないから」ということなら、
少しだけ立ち止まって考えてみてほしいのです。
主役にならなくても、
人生の節目をきちんと形にすることはできます。
派手に飾らなくても、
大切な人たちの心に残る時間はつくれます。
結婚式とは、誰かに見せるためのイベントではなく、人生の大切な節目を、大切な人たちと分かち合うための儀式です。
ふたりにとっては、感謝を伝える日。
親にとっては、子育てのひとつの区切りを受け取る日。
家族にとっては、言葉にならなかった思いに気づく日。
そういう日になる可能性を、私は何度も見てきました。
はじめは、
「結婚式には全く興味がありません」
「無駄だと思っています」
「別に伝えたい人も、伝えたい言葉もありません」
「節目として残す必要ってありますか」
「誓いとか、いるんですか」
そう話していた方もいます。
けれど最終的に、親族だけの結婚式をされ、
「やってよかった」
「やっと、やる意味がわかりました」
と言われることがあります。
だから私は、一緒に考えたいのです。
何度でも言います。
結婚式は、主役になるためのものではありません。
感謝を伝え、
伴侶を紹介し、
親が我が子の人生を受け取り、
家族が昨日までより、少し近づくための、
それはそれは美しい、人生最大の節目なのです。
#富山結婚式 #式場以外